二郎系を食べる真野多野の話。ほぼ二郎系描写、少しだけラブとほのぼの。
「いただきますっ♡」
「あい、いただきます」
ふたり並んで、ドカンと置かれた二郎系ラーメンに手を合わせる。繭人が頼んだ丼にはヤサイがうず高く積まれ、アブラが天に申し訳程度。ニンニクは少量、麺は半分。これが現在の繭人の基本二郎スタイルだ。かたや拓斗の丼はそれなりのヤサイの山に、溢れんばかりのアブラとニンニク。麺は中。以前は小で充分だったが、先輩であり大食漢の忍にあちこち連れられている内に胃が鍛えられ、今ではこの量も余裕で行けるようになった。
今日もデートの食事は二郎系。気取った食事のチョイスは基本的に繭人に任せていることもあって、拓斗が場所を決めると概ねがこうしたジャンキーな内容となる。初デートも二郎系を選び、忍から「正気!?」とさんざんに叱られたのは懐かしい思い出だ。ちなみに反省はしていない。拓斗にとって二郎系ラーメンは食事処であると同時にちょっとしたエンタメであり、繭人には自分が、一番に紹介してみたかったのだ。
「ふぅ、ふぅ……んむっ」
まだ茹でたてのヤサイにカラメを回し掛け、はふはふと冷ましながら食べる繭人。野菜が好きで、そこに限れば際限なく食べられる繭人は、二郎系でも変わらずその特性を発揮した。麺や豚の量は少なくても、ヤサイに関してはいつもマシマシ。モヤシとキャベツだけの「ヤサイ」ではあるが、繭人にとっては山盛りに食べられるのは幸せなことであるらしい。拓斗としてはアブラでベシャベシャにしたヤサイこそ至高、と思う所はあるが、二郎には各人のこだわりがあり、それは他者が簡単に侵していい領域ではない。二郎への向き合い方は性癖への向き合い方に通ず──。拓斗は常々そう思っているのである。
「んむっ。ふぅっ」
二郎を食べる繭人そのものも拓斗にとっては至極のエンタメに等しいが、自身の二郎に向き合わないのは失礼だ。それに放置していては麺がスープを吸って膨らみ、どんどん手がつけられなくなる。
拓斗はアブラにまみれたヤサイを早々に片付けると、天地返しをしながら一番にスープの中へ埋めていた豚を取り出す。スープの熱で温まった豚はとろとろと脂が溶け、まさに「神豚」と言える容貌で、一口かぶりついた拓斗は脳が旨さで痺れていくのを感じた。
「あー。うっま……っ」
思わずこぼした言葉に、繭人が嬉しそうに微笑む。しかし拓斗はそれにまったく気づかず、ワシワシと太く縮れた麺をかき込んでゆく。噛みごたえがあり、食い甲斐のある麺に、口も脳も「これこれ!」と騒ぎ立てる。二郎系がここまで人を惹きつけるのは、ビジュアル、麺、スープ、トッピング、そのすべてに中毒性があるからだ。そのすべてに人を呑み込む魅力があり、それが渾然一体となって一杯の中に収まっている。そんな芸術性が、ラーメン業界においてここまでの地位を築き上げたのだろう。
拓斗は「タクト」としてのレビュアー癖を発揮しながら、黙々と丼に向き合い、無事に麺と具を完食する。スープも完飲したかったが、健康を鑑み、泣く泣く自粛した。
「ふうっ。ごっそさん!」
「ごちそうさまでした。」
ぱん!と手を合わせると、隣で繭人も慎ましく手を合わせてお辞儀をする。彼も麺と具はすっかり平らげており、丁寧にナプキンで口元を拭っているのが、やけに色っぽく見えた。
店を出ると、爽やかな風が頬を撫でる。まだ午後に差し掛かったばかりの陽は高く、暖かい。
「ん~!美味かったなー!今日、マジ神豚だったわ」
「本当ですねっ♡ふわふわで、とろとろで……っ♡口の中で溶けちゃいましたっ♡」
「なーっ♡は~、まゆが二郎好きになってくれてよかったわー。最初はかなりビビってたもんな」
「そうですね。色々とルールがありましたから……。でも僕、最近はひとりでもこういうお店に行くんですよ」
「えっ!?まゆが!?ひとりで……っ、マジ!?」
「ええ。僕みたいなタイプが二郎系のお店を話題に出すと、面白がられたり印象に残ることが多くて。これ営業でも使えるなって思ってからは、色々なお店へリサーチがてら行っています」
「はーあ……なーる……営業術……」
まさか二郎系に通う理由がビジネスのためとは。いつでも仕事熱心な繭人に呆れてしまうが、それが彼の優秀な所以なのだろう。やはり元々の出来が違うな、と拓斗は少々己を情けなく思ってしまうが、そんな拓斗の手を、愛しげに繭人はとった。
「ふふっ。たぁくんが、僕にお店を教えてくれたおかげですよ?」
「っ。まゆ……」
「僕、たぁくんと出会って、お付き合い、して……今まで知らなかった色々なことを、たくさん知っているんです。これまで、見向きもしなかったものに……たぁくんのおかげで触れ合えているんです。たぁくんと恋人になってから……僕、毎日が、本当に楽しくて。だから……ありがとうございます、たぁくん」
「……。」
繭人ははにかむ。以前はまったく見せなかった柔らかい笑顔で、ささやかな感謝を告げる。それは本当に、繭人が毎日を「楽しんで」いるからなのだろう。そしてそんな日々を、拓斗が手助けしているからなのだろう。それを実感し、拓斗も繭人の手をきゅっと握る。何度振り払っても差し出し続けてくれたこの手を、もう二度と、離さないように。
「ん……。おう。俺も、毎日……そう思ってる。ありがとな、まゆ」
「あ……っ。はいっ♡」
拓斗も微笑む。手を繋いだまま、街を行く。
見慣れた景色も、繭人が居るといつになく光り輝く。これがひとを好きになるということ。これが、誰かを愛するということ。拓斗は右手から伝わる繭人の温度を絶え間なく感じながら、幸せだ、とそう思った。
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