まひろさんのお誕生日

2022年に書いたまひろさんのお誕生日の夜のささやかな幸せのお話。A男とモエもいます。


 

『まひろさんっ。お誕生日、おめでとうございます!』

「はぁ……っ♡今年も夢みたいだったな……っ♡」

 喫茶ハチメでの誕生日パーティーを終え、その余韻を楽しむように、まひろはひとり夏の夜の街を歩いていた。華やかな百合の花束を胸に抱え、思い出すのは皆から贈られたたくさんのお祝いの言葉。どれも胸がいっぱいになる大切で心に残したい言葉ばかりで、思い返すだけで絶え間なく笑みがこぼれてしまう。ちなみに両手でも抱えきれない量のプレゼントは、去年の穴埋めにと、オーナーが後で家まで運ぶと自ら申し出てくれた。

「オッス、マヒロ~。ニヤニヤだナッ」
「きゃっ!っ──モエちゃんっ!?」

 そんなまひろの肩に乗ってくるのは……小さなタコさん……ではなく、自称宇宙人のモエ。人語を扱う高等な有機生命体である彼は、まひろのペットであり同居人だ。普段外では滅多に姿を現さないのに、一体こんな街中でいきなり、どうしたのだろう?

「モエちゃんっ、どうしたの?外にいたら危ないんじゃない?」
「今日はマヒロのオタンジョビだからナ♡ワレもお祝いに来てやったのダ♡帰り道までマヒロをお祝いするゾ♡メデタイメデタイ♡スパチャスパチャ♡」
「も、モエちゃん。俺、配信では収益化はしてないから……♡」

 ……どうやらモエは、まひろの誕生日をわざわざ外出してまで祝いに来てくれたようだ。日本の二次元文化やどすけべ文化に傾倒しているのは相変わらずのようだが、小さな触手をクネクネさせてダンスでも踊るようにピョコピョコと動くモエはとても愛らしい。無邪気なさまにくすりと笑えば、その横へ、新たに大きな影が並ぶ。

「モエが居るとまひろのスケベフェロモンが抑えられるんだとよ。モエなりにまひろの散歩、気遣ってくれてんだろ」
「きゃ……っ♡え、A男さんッ♡♡♡」

 声を聴くだけですぐにわかってしまう相手──隣人であるA男の存在に、まひろはすぐに顔を赤らめる。誕生日会には顔を出してくれず残念だったが、まさかこうして迎えに来てくれていたなんて。しかしA男からあっさりと『ネタバレ』をされてしまったモエは、不満げな雰囲気だ。

「A男ッ!ヨケーなコト言うナッ。ワレはただマヒロと☆オサンポ☆したいだけなんだからナッ」
「へいへい。わかってるよ」
「……♡」

 雑にお互いをいなすモエとA男に、それでもまひろは嬉しさに笑みを隠せない。確かにまひろがひとりで歩いていたら、5秒後には興奮した街中の男性からいやらしいことをされて盛大なおちんぽフェスティバルが開催されてしまうだろう。普段はまひろも歓迎している行為とはいえ、こんな誕生日の夜の散歩には少々無粋であることも事実だ。モエもA男も、お互い、それを懸念してここまで来てくれたのだろう。有り難いこと、この上ない。

「ふたりとも、わざわざ俺のこと気にしてくれたんだね……♡ありがとうっ♡」
「マヒロのタメならトーゼンだゾッ♪オサンポサービス♡スパチャスパチャ♡」
「だからただの散歩をファンサとか援交みたいに言うな、お前は」
「ふふっ……♡仲が良いね、二人とも♡」
「仲が良いって……」
「言うのカ?コレ」

 まひろの言葉へ、解せないように顔をしかめる二人。けれどそんな態度がまた可笑しくて、まひろは声を上げて笑ってしまう。勝手に笑顔になってしまう。だって、こんな素敵な贈り物をして貰っているのだから。

「言うよ♡だってこうやって、ただ三人でお散歩してるんだもん♡俺たち全員、仲良し、だよ♡」

 そう。
 特別な日の終わり。その最後の時間を、何気ないまま、ただ穏やかに、大切な人と「なにもせず」、笑い合いながら過ごしている。それが素敵な贈り物でなかったとしたら、一体なんなのだろう?それを体現するまひろの微笑みに百合の花束が月光に輝き、その表情を、ゆるやかに照らしてゆく。

「……。」
「──。」

 そんな姿を見つめ、二人も痛み分けのように黙り、その言葉を受け止める。彼らもまひろを好きな気持ちは一緒だ。そして今日は、それを尊重するのが最も正しい日でもある。……それなら。

「まぁ、まひろがそう言うなら、そういうことにしておくか」
「ソダネ~。マヒロが言うなら、そーゆーコトにスルスル。ニュル~♪」

 それならもう、つまらない言い合いは必要ないだろう。お互いは静かに退き、その空気をかき消すようにふざけた調子で、モエはペタペタと触手でまひろの頬へと触れてくる。

「きゃっ♡も、モエちゃんッ♡くすぐったいよっ♡」
「おいモエ、感じない程度にしといてやれよ」
「も、もぉっ、A男さんっ♡もっとちゃんと止めてくださいよぉッ♡」
「お、デタデタ♡マヒロのA男甘えんボ~♡」
「モエちゃんッ♡別に、甘えてないからねっ?♡♡♡」

 先程の優しい労りから一転、両側から揃ってあしらわれてしまい、まひろは頬を膨らませる。けれどまひろも、これが彼らなりの親しみの表現なのだとわかっている。だから嬉しい。彼らの想いが。彼らの行為が。そしてこうして、共に居てくれることが。

「……まひろ」
「マヒロッ♡」
「? なに、ふたりとも?」
「「誕生日、おめでとう!」」
「っ──うんっ♡♡♡」

 ……だからこそ。
 彼らが今日の最後に贈ってくれるその言葉を、全力で抱きしめて。三人はゆっくりと伸びてゆく影と同じスピードで、笑顔の絶えない帰路を軽やかに、歩いていった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です